善光寺での追悼法要へのお礼
SFT日本
代表ツェリン・ドルジェより
2008/04/25
このたびは、命を落としたチベット人と中国の方々のために、善光寺さまで追悼法要を営んでいただけることになりました。
チベットと中国の犠牲者の追悼が一緒に営まれることを素晴らしく思い、関係のみなさまに感謝いたします。
かねがねダライラマ法王もおっしゃっている通り、私たちは民族や人種が違ったとしても、かけがえのない一つの命を持つ、ということではまったく同じです。
どの命もみな、幸せを望み、不幸になりたいとは決して思っていません。
人種や性別、民族や文化、国籍が違おうとも、1人の人間として、苦しみを避け、幸せを求める姿に違いはないのです。
今回の衝突は、中国政府の政策で受けてきた長年の苦しみが積み重なり、耐えきれずに噴きだしたものです。私たちチベット人は、個々の中国人が憎くて声を上げたのではありません。ダライラマ法王は、常々次のように強調されています。私たちが自由を求める声は、中国政府という国家に向けられるべきであって、日常を営むひとりひとりの中国人に対して向けられたものではないのです。
現在もチベットでの衝突は続き、犠牲者の数は増え続けています。この1ヶ月の短い間に、150人以上の尊い命が失われました。
抵抗を銃器や武力で抑えつけることで、新たな怒りの種となり、さらなる抵抗を生み、より激しい武力での抑圧が起きる、という悪循環、憎しみや怒りの連鎖は、何も生み出しません。
仏教では、殺すこと、命を奪うことを最大の戒めとして禁じています。
巻き込まれて亡くなった中国の市民も、隣人に暴力をふるい、銃口を向け、殺害することを命じられ、衝突の中で亡くなった警官や軍人も、中国政府の政策の犠牲者だと思います。
平和と、話し合いと、相互理解による解決を願ってやみません。
私たちが、基本的人権である言論の自由を求める権利を、誰も奪うことはできません。
自分の思うこと、感じること、そして伝えたいことを自由に発することが許されない世界は間違っています。
けれど、チベットでは、ダライラマ法王を慕う気持ちを表すことが一切許されていません。
そのなかで自由を求める声を上げ、命を失ったチベット人たちに敬意を表します。
同時に、命を落とした中国の方々にも追悼の意を表します。
1日も早く、チベットに平和が訪れ、全ての人たちがひとしく安堵の息をつける日がくることを心から祈っています。
ありがとうございました。
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